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パレスチナ問題🇵🇸

日本が、わたし達が、その”架け橋”となれるか――

  

 2023年10月7日、その日から世界中の目がイスラエルとパレスチナのガザ地区に向けられた。
 パレスチナ問題に日本の人々の目を向けるため、3年前から「架け箸(かけはし)」というフェアトレードショップを立ち上げて活動を行ってきた高橋さんの元には、イスラエル軍によるガザへの攻撃の激化とともにメディアからインタビューの問い合わせが殺到した。2024年1月現在も現地での犠牲は絶えないが、メディアの問い合わせは少し落ち着いてしまったという。インタビュー当日はちょうど軍事衝突が始まって100日経ち、ガザでの死者は2万4000人近くとみられ、その3分の2が子供と女性。負傷者は合わせて約6万人に上ると報道されている(BBCニュース・ジャパンより)

 FTSLでは今回のインタビューによって、架け箸さんがこれからも私たちとパレスチナの人々を継続的に繋ぎ、インスタグラムなどを駆使して誰もが参加しやすい、敷居の低いアドボカシー活動を提案し続けてくれていることに焦点を当てたいと考えた。高橋さんがほぼ一人で運営しており、道のりは決して簡単ではない。しかし、この状況だからこそ、フェアトレードの大切さを改めて感じずにはいられない【2024/02】

 

01: 大学卒業後すぐ「架け箸」を立ち上げ&生産団体との出会い

高橋さんはイスラエル・パレスチナ問題について大学時代に学び、ヨルダン川西岸のパレスチナ人宅でホームステイをさせてもらった経験をきっかけに、卒業後まもなくパレスチナの手工芸品を販売するビジネス「架け箸」を一人で立ち上げた。スローガンは “素敵に国境はない” だ。

パレスチナ問題とパレスチナの素顔に少しでも多くの人々の目を向けたい」というミッションが先にあり、次にパレスチナとフェアトレードビジネスをやるために何か具体的にオリジナル商品となるものはないかと考えた。“お箸” を思いついたのは、“橋”と“箸”を架けたのと、できるだけ日常的に使えるものにしたかったから。
パレスチナはガザ地区もヨルダン川西岸も『分離壁/セパレーション・ウォール』という高い壁で囲われ、中の人々は自由が制限される日々を過ごしています。そんな壁とは真逆なものとして橋をかけたいと思いました」と、高橋さん。

  パレスチナのオリーブの木から作られ、アラビア文字が入った架け箸のお箸 (写真提供:高橋さんより)

フェアトレードパートナーと初めて連絡をとったのは、2020年の3月。
パレスチナでお箸を作れるところを探していたところ、現地の知り合いからフェアトレード団体「The Holy Land Handcraft Cooperatives Society(HLHCS)」の存在を教えてもらい、メールでコンタクトをとった。職人たちがオリーブの木で作った手工芸品を主に取り扱っており、地域組合的に皆が助け合って仕事をしているという。この団体から、高橋さんは日本で売れそうなものをセレクトしたり、お箸など日本で需要のありそうなものを依頼して開発してもらっている。お箸は、今ではHLHCSの新たなラインナップとしてカタログに加えられ、世界の誰でもオーダーできるようになっているという。

また別の生産者として、伝統の手刺繍や織物とアップサイクルを掛け合わせた布小物を製作する女性起業家のアイシャさんとも出会った。アイシャさんのことはインスタグラムで見つけ、彼女の理念と製品の可愛さに強く惹かれ、DMでアタックしたとのこと。彼女のブランド、Aisha Designとはダイレクトトレードのような形で取引を続けている。

02: パレスチナの素顔

HLHCSがあるベツレヘムとAisha Designが拠点とするナブルスという街は、同じヨルダン川西岸のパレスチナの街でも、雰囲気が異なり違った魅力を楽しめるのだと高橋さんは次のように教えてくれた。

ベツレヘムの街は、キリスト教の聖地としても知られています。他の地域に比べるとキリスト教徒が多くて、教会をはじめとした白い建物と青い空のコントラストが美しくて、南欧みたいな雰囲気です。一方で、刺繍布や織物の商品を仕入れているナブルスはイスラム教徒が多くて、街並みはオールドビューティーといった感じ!

ナブルスはパレスチナ伝統の古い街並みが情緒深い街で石鹸作りが盛んな場所として有名だという。パレスチナの街々の美しさは、高橋さんが撮影した写真からも伝わってくる。

  パレスチナの地図 (引用:JICA HPより)

  パレスチナの日常風景 (写真提供:高橋さんより)

一方で、やはりパレスチナの人々がこの75年間の壮絶な歴史の中で経験してきた不自由や不公平さも現地に行って肌で感じたと高橋さんは話す。

人によって見え方はいろいろあると思いまが、すごく引いた目で見たら、パレスチナは元々住んでいた土着の地域の方々のところに、ヨーロッパからたくさんの移民がやって来て国を作って、その時に元をいた人たちを包摂するような社会じゃなくて、元々いた人たちは異なる人として、差別するか排除するかっていう2択になってしまったという経緯が75年以上前から続いています。それが今に続くパレスチナ問題だと私は思っています。その差別や排除は現地にいた時にも感じられて、物理的に“壁”みたいな象徴的なものもあれば、目に見えないものもあります

パレスチナの一般家庭でホームステイをし、パレスチナの日常を体験したことのある高橋さんは、自分と同い年くらいの若者たちと交流して、複雑な思いを抱いたという。

もちろん価値観とか生活習慣は違うけど、共通する部分はあって。同世代の子たちは普通にTIKTOKをやっていたりとか。だから、この人たちがルーツだけで差別されるというのは、すごく21世紀らしからぬこと。この方たちが当たり前に尊重されたらいいのに、という思いが私の出発点になりました
パレスチナの人々が置かれている不当な状況の事例のひとつとして、外に出るのが困難であることが挙げられる。ガザにいるか西岸にいるか、東エルサレムにいるかといった居住地域によって、また生まれた年代によってもその人の域外への移動は制限を受け、海外旅行や留学に気軽に行ったりすることが自由にできない辛さがある。自分の人生の選択肢がそこで狭まってしまう可能性があるのだ。また、パレスチナ域内でさえ移動の困難によく直面する。壁を越えることはもちろん、壁の中でも軍のチェックポイントがたくさんあり、そこで時間を要したり、ゲートが開いていなかったり、道に大きな障害物があって通れないなど、移動の可否が不確実なのだという。

現在ガザ地区が過酷な状況である中、もちろんヨルダン川西岸も今まで通りとは異なり、メインとなる道が物理的・安全面的にも全く通れず、どこにも行けない状態だという。必要不可欠な場合に迂回していつもの何倍もの時間をかけて行く人もいるが、ヨルダン川西岸はイスラエル人が住んでいる入植地がたくさん入り組んでおり、いつ入植地から武装した入植者がパレスチナ人に危害を加えるために出てくるか分からないため、ただそこを通って隣町に行きたいだけの一般人にとって、非常に危険なのだそう。

03: 徐々に深まる生産者とのパートナーシップ

そうしたパレスチナの状況を少しでも日本の人に知ってもらおうと、高橋さんがフェアトレード商品の販売を始めて3年。全く経験のないところから試行錯誤を重ねて高橋さん自身もフェアトレードパートナーに支えられて成長してきた。

どっちかというと、私たち側で足りてないことが大きいかなと今も思っています。やはり個人でやると、大きなロットは注文できないし、さばくあても最初の頃はない。保管する場所もないというのもあり、最初の注文は種類も量も少なくて、ベツレヘムの団体からはあまり小さい注文だと職人さんもやる気が出ないと言われたのを覚えています。現地の担当の方から、“できればもう少し大きめのロット注文と今後の展望イメージもあったらいいな”と言われました。そうだよな、ちゃんと仕事としてやっていくんだから、ちゃんと考えないととその時思いました。その後は取引先も、出店の機会も増えて継続して発注できるようになっているので、私としてはちょっとは良くなってきているかなと思っているんですが

時差もある中、コミュニケーションはメッセンジャーとメールで頻繁に行い、最初は現地のホリデーシーズンがいつなのか、納品して欲しいタイミングのどれくらい前に発注をしたらいいかも分からなかったが、現地を訪れたのもあり、徐々に分かってきたという。
こちらは実際にベツレヘムの工房で職人さんがお箸作りをしている様子だ。

「(職人の)カラムさん、及び彼のもとで働く方たちは、お箸を使ったことが無いにも拘らず、
お伝えしたフォルムを再現し、あたたかみのあるお箸を生み出してくださいました」~高橋さんのブログより

ナブルスでアップサイクル刺繍小物を生産しているアイシャさんについては、高橋さんはブログで次のように語っている。

パレスチナは、占領下にあることから経済発展も制限されており、日常的な人権侵害のなかで環境問題に思考を向け、行動している人がいることにとても感銘を受けました。また、関わり始めてからも、手に入るものに制約があるなかでのアイシャさんのものづくりの力強さとバラエティの豊かさに驚かされます

  Aisha Designから仕入れられたデザイン性豊かなアップサイクル刺繍小物 (写真提供:高橋さんより)

そうした生産者さんの努力と愛情で生まれた商品を、日本でイベント販売している様子や、お客様が丁寧に使って下さっている様子、メディアに取り上げられたことなどについて、高橋さんは現地パートナーにわかるようインスタグラムやフェイスブックに投稿している。それをフェアトレードパートナーがいつも見て反応してくれているのが励みになる。

04: パレスチナとの貿易の厳しさ

パートナーシップは徐々に深まってきたが、やはりパレスチナと貿易を行っているからこその難しさもある。生産者がパレスチナから出荷して商品が高橋さんの元に届くまで、早くて10日、遅くて1か月かかるという。ベツレヘムの生産者さんの方は比較的納期が守られているが、ナブルスの方は治安も安定しておらず、予測できない事態があるとのことで、納期はあってないようなものだという。高橋さんがシーズン物として売りたい時期やイベント出展のタイミングなど、「売り時を逃しちゃったー」というのはよくあるとのこと。

しかし、だからこそ箱が届いた時の喜びはひとしおだろうと想像できる。
木工品が入った箱は、開けた時、オリーブの木の匂いがすごくします。梱包もとても丁寧にしてくれています」と高橋さん。

また、国際送金の安全性が不確かである怖さもある。日本をはじめいくつかの大国がパレスチナを独立国家として承認しておらず、国際送金のサービスが普及・充実していないのだ。パレスチナの人にとっては銀行口座を持つこと自体がリスクだったりもする。インタビューのつい1~2週間前にもヨルダン川西岸の北部の街々でイスラエル軍が両替所(現地の人々が海外送金されたお金を実際に受け取る場所でもある)に来て銀行から不当にお金を持ち去ったと報道されている。
これから先にちゃんとお金を送って受け取られるのか心配」と高橋さんは話す。

05: 架け箸の商品を手に取った人のパレスチナへの関心は?

2023年10月以降、パレスチナについては日本のメディアでもよく取り上げられるようになったが、関心がある人は増えているだろうか。高橋さんはこう話す。

増えていると思います。架け箸の仕事を通してというよりは、私個人が市民の集まりなどに参加する過程でそう気づきました。また、10月からはメディアに出ることで普段発信を届けられていないところまで活動の話が広まって、全国各地からオンラインショップへご注文をいただきましたが、たぶんそうしたお客様は以前からパレスチナ問題にご興味があったのではと考えています。購入に添えてメッセージをくださる方もいらっしゃいますね。出店した先では不特定多数の方相手というのもあり、お客様の反応が如実に違うということはそこまでないですが、Instagramでチェックして出店の際にわざわざ目掛けてきて下さる方々はいました

なるほど、以前から関心はあったが、なかなかどう行動していいか分からないという人が、架け箸を通じて行動の一歩を踏み出せたこともあったかもしれない。

06: Instagramを駆使した“敷居の低い”アドボカシー

高橋さんは2023年10月以降、メディア対応だけでなく、自身からの発信も今まで以上に力を入れ、パレスチナの状況を危惧する人々と交流するためイベントに参加したり、インスタライブも頻繁に行ってきた。インスタグラムではハッシュタグを使った運動を呼びかけた。世界中で停戦を願うために使用されている #ceasefirenow の拡散と共に、日本の人々が参加しやすい運動として、 #停戦を求めるすいかバトン#絵馬アクション #書き初めアクション などを発信。そのアイデアは一体どのように出てきたのだろうか。

10月末頃、メディアからの問い合わせの対応や、出店の予定が重なり、現地の状況の情報も調べないといけないし、パレスチナの人々への心配もあって、忙しくしていました。その頃、とあるパレスチナの人から“日本はデモが少ない、アドボカシー活動が少ない”というようなことを言われたんです。“言いたいことは分かるけど、うちはお店で発言に制約もあるし、日本人ってデモするタイプじゃないし、一体どうしたら…”と思いました。でも、お店としてやれることはやりたい、じゃあ何をしたらいいんだろうと考え、職場の友人らを巻き込んで話し合いました。#停戦を求めるすいかバトン は、誰でもできる行動です。親子でも参加できますし実際にやってくださっているのを見かけます。スイカはパレスチナの国旗と同じ色なので、現地ではよく使われるモチーフ。誰でも描けるスイカにすることで、なるべくユニバーサルな活動にしました。… 英語でも広く発信し、大阪のデモを企画していた方にもこのアクションを使っていただいたりもしました」と話す高橋さん。

新年に、絵馬や書き初めに停戦のメッセージを書いたものの写真投稿を促す #絵馬アクション #書き初めアクション も高橋さん考案で、年末年始はどうしても家のことが忙しくなり、帰省とも重なるので、何かついでにできることとして工夫をしたという。

提言をまとめるようなプロのアドボカシーはNGOなどに所属していないとなかなか難しいが、停戦や根本の解決を願って心を痛めている多くの市民の願いを、願いにとどめず可視化したいと思いこの活動を始めました」とも高橋さんは仰っていた。
何か行動したいけれど…と疼く気持ちを持っている日本の人々に、敷居の低い行動の起こし方や発信を提案している点が素晴らしいと感じた。

07: いま、私たちにできることとは?

ガザ侵攻から100日が過ぎ、今後も継続してパレスチナ問題への関心を強め広めていくために、私たちが個人としてできることは何だろうかと伺ってみた。

いろんな方が参加しやすいアクションというと、今はいろんな場所で写真展や上映会が全国各地で企画されているので、そういうところに行くのと、周りの知り合いもできるだけ誘うといいと思います。そうしたものを見ると、感じることは必ずあると思うので」と高橋さん。

筆者も映画「ガザ素顔の日常(ユナイテッドピープル配給)」を見て、パレスチナの人々が置かれている不公平な不自由と抑圧の状況への理解が深まった。さらに、私たちと同じように将来の夢を持ち、日々の心の傷を癒しながら強い意志を持って生活を送る実際の人々の姿を見ることができて、こうした人々が犠牲になっていることに対して強く感情を揺さぶられた。周りにもこの映画をおすすめし続けようと思う。

また、高橋さんは現在のパレスチナの過酷な状況も知ってほしいが、そうした写真や動画に多く触れることで「※共感疲労」を起こしてしまう可能性もあるので、文化に触れてみることもおすすめしてくれた。例えば、高橋さんは、日本の食材でも簡単にできる中東の家庭料理マクルーベの作り方を公開している。筆者もぜひ作ってみようと思う。

中東の家庭料理マクルーベを作ってみるところから文化に触れるのもおすすめ。

07: 平和な未来に向けた「フェアトレードの可能性」とは?

今、世界中で虐殺に対するデモが起こっているが、未だ変わらない状況に心を痛める人々は、自分がどう関われるか考えている。そんな中、架け箸を通じた高橋さんからの様々な形での呼びかけに筆者は希望をもらっている。改めて「フェアトレードの可能性」のようなものをさらに感じることができたのだが、高橋さんはどう感じているだろうか。

100%楽観的にはもちろんなれないですし、フェアトレードじゃ不十分なのではということも思いつつ、でもどんな活動も大きな全体の一部分。気候危機や、様々な民主的な動き、権利の問題など、こういう潮目だからこそ、既存の資本主義に立ち向かっていくフェアトレードみたいな運動は大切だと思います。例えば戦争も環境破壊が酷いし、安易に壊して造ろうとする資本主義的な動きとして捉えられます。フェアトレードの概念のような、人や文化を尊重しようという意識を広めようとする活動は、行き過ぎた資本主義を脱する動きとしてすごく大事だと思っています

効率重視の行き過ぎた資本主義を見直し、「人」の視点に立ち返る。そんなフェアトレードは、人の立場に立ち、人に寄り添う“心”が伴わなければ、できないビジネスだ。だからこそ、そうしたビジネスを応援しフェアトレード商品を購入することで、世界を見る視点が変わり、遠い国の惨状のニュースにも他人事として思考停止せず、人に寄り添う思いを少しでも深めことができる。
ガザへの空爆が激化した10月27日、高橋さん自身恐らくきっと心を苦しめられながらも、架け箸のインスタグラムに綴られていた言葉が忘れられない。

現地の現実を知りたい方にもそうでない方にもお伝えしたいのが、この場所が本当に“平和”になったら きっと世界中から魅力に惹かれて人が集まってくると確信している、ということです。そんな未来を作るために種蒔きを続けます

フェアトレードのコミュニティには、経営や活動を通じてこうした希望の道筋を照らしていく人々がいる。そうした人々をFTSLではこれからも紹介し応援し続けたいと願う。 

インタビュー出演:
髙橋 智恵 さん

架け箸 代表

 

@取材:FTSL編集部 Oku